神戸層群の定義

★★ 神戸層群の定義 ★★

神戸層群こうべそうぐんThe Kobe Group)とは、「明石海峡付近に発達する第三紀層に対して」東北大学地質学教室大学院生だった鹿間時夫矢部長克(やべひさかつ)教授の元で研究し、1938年に地質学雑誌に掲載された論文「神戸層群と其の植物群」にてに与えられた名称である。

鹿間学士は、1938年の論文の中で、神戸地域を神戸低地、六甲山地、藍那台地、明美丘陵の4地形に区分し、このうち、藍那台地で神戸層群がよく発達するとした。

以下は、鹿間が示した、神戸地域と淡路北端地域の層序大別表。

また、この神戸層群とは、藍那台地の「多井畑層」「白川層」「多井畑介化石層」、神戸低地の「丸山層」、淡路北端地域の「岩屋層」に区分されるとした。

以下は、鹿間が示した、神戸地域の第三系の層序対比表。

鹿間はこのうちの「白川層」について、植物化石の面から「下部」「中部」「上部」の3つに分けている。

ちなみに、京都大学学部生だった前島敏郎学士は、1934年の京都大学卒業論文で神戸層群と植物化石群についてまとめており、このとき、のちの鹿間の「白川層」を下位の「奥畑層」と上位の「藍那層」に区分している。ちなみに、この卒業論文は公表されなかったらしい。

なお、前島学士の「藍那層」が現在の藍那層と同一の定義のものかは分からない。

鹿間学士の「白川層」は、いまの白川層と藍那層を含んだものだと思われる。

そして、鹿間の白川層は植物化石の多産で特徴づけられるとし、多井畑層のものと合わせて、「植物化石の層位的分布」として、まとめている。それは次のとおりである。

● 多井畑層植物化石群

● 白川層植物化石群

 下部;落合池植物化石層(1934)

 中部;奥畑植物化石層、高曾山植物化石層、石切峠植物化石層、白川峠植物化石層(1934)

 上部;藍那植物化石層(1938)

※ 1934は、前島による定義  1938は、鹿間による定義です。

白川層植物化石群は下部と中部と上部にそれぞれ区分され、上部の化石層に対しては、鹿間学士が新たに「藍那植物化石層」と新称を与えた。

下は、鹿間が示した「白川植物群濶葉樹各属の気候」 ※濶葉樹とは広葉樹の旧称。

また、植物群の地質年代と気候についても論じており、地質時代は下部中新世~上部鮮新世とし、

気候は、白川植物群について、暖帯を示すとし、白川層の下部から上部にいくにしたがって、暖→温の気候変遷を示すと結論づけた。

そして、この年代論と気候論が1980年代後半~90年代前半にかけて行われた神戸地域と三田地域の凝灰岩試料の放射年代測定による年代変更を待つまで、50年近くものちの研究者が引き継ぐこととなった。

下に、鹿間の論文に紹介された神戸層群の特徴的な植物化石を掲載する。

以上、神戸の地層「神戸層群」について、初期の研究をまとめました。

鹿間時夫博士です。多くの古生物関係の研究や著書を残されました。

横浜国立大学教授を歴任されました。1912~1978。

神戸層群に関しては、最初に植物化石を紹介したのは、公にされている書物で現存する者で一番古いのが、山下傳吉(やましたでんきち)による、1893年の「20万分の1大阪地質図幅説明書」である。

下の写真は東京大学の学生一行で、近江の国にオパールを探しに行く途中の写真らしい。

中列右から2人目が山下傳吉(2年のとき)。ちなみに、一番左が小藤文次郎(3年)、

その右が巨智部忠承(2年)ということだ。

歴史的には、今年で123年目を迎えるというわけである!!(*^o^*)​

しかし、実際は地元の人々によってもっと前から知られていたものと思われる。

もっと古い資料が見つかれば面白いと思う。

もし、よろしければ、コメントやいいねをお願いいたします。

地元、神戸から出る「特産種」の「コバタケナラ」です。

「3800万年前」の「神戸」の代表種です!!(*^▽^*)

写真の標本は、「神戸の植物化石を考える会」所蔵の標本です。

興味を持たれた方や神戸の化石についてのお尋ねは、こちらへ・・・

www.omnh.net/dantai/print.cgi?ID=67「神戸の植物化石を考える会」

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする